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中央アジア:キルギス観光 アルティンアラシャンからカラコルへ下山

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中央アジア:キルギスの山岳観光地:アルティンアラシャンで朝を迎える。寒い時期、なかなか日が昇らず山の朝は遅い。8時頃になってようやく周囲の山の頂に日が当たり始める。山小屋のある辺りが日なたになるにはまだまだ時間がかかる。8時半ごろ食堂に行ってみたがまだ誰も起きていない。外にある水道からはつららが垂れ下がっており、昨夜もかなり気温が下がったようだ。山小屋のそばでは逃げないように両前足をロープで結ばれた馬が草を食んでいる。馬はキルギスの生活になくてはならない大事な生き物だ。

そのうちうとうとし出したと思ったらこんな体勢で眠り込んでしまった。

遅い朝食にまず出てきたのはカーシャというロシアの伝統料理。特に美味くもなく不味くもなく、という味だったのだが、ロシア人の女の子にとっては定番の味で良かったようだ。

宿の主人はロシア語はもちろん、英語に加えて筑波大学に1年留学していたこともあって日本語もある程度話すことができる。今回の旅は何かと筑波大学とご縁がある。彼を通訳に、ロシア人の女の子が次々に質問を浴びせてきた。ワイン輸出会社で働いていることもあって、日本人はどれぐらいワインを飲むのか、どんな価格帯のワインを好むのか、といった話から、なぜロシアを訪れる日本人観光客が少ないのか(実際他国と比べて明らかに少ないらしい)といった話題まで。日本人観光客が少ないのは日本人のロシアへ対する印象がそれほど良くないのが原因かもしれないと思ったが、それを面と向かって言うのもはばかられ、個人客がロシアの観光ビザを取得するのが他国と比べ難しいのかもしれないとごまかした(実際は全く難しくないらしい)。自分自身、今回の渡航先にロシアは含まれていないが、なぜだと問われると答えに窮してしまう。

かなり遅くなってからフランス人の2人も起きてきた。彼らもロシア人女性もみな今週末で帰国の途につくそうで、このトレッキングがいわば旅の締めくくりになる。「いいか、お前はこれから先もタフにアグレッシブに旅を続けるんだ!」と励まされる。3者3様、それぞれ別々にカラコルまで下山する。ロシア人女性はあまり山歩きができなかったので最後に目の前の丘に登ってから下りると言い、フランス人はもう少しゆっくりしていくという。

ひとり先に山小屋を後にする。

いざ山を下りようとしてふと目の前の丘を見てみると、なるほどロシアの女の子が必死で急坂を登っているのが見えた。

名残惜しく何度も振り返る。山を下りるときはいつもこうだ。

leave altyn arashan

このように馬に乗って麓から行き来することもできる。客を乗せる以外にも荷物運搬などで馬は重要な手段だ。

ひとり山道を下っていると前方にワゴン車が停まっており何人かの人が車外に出ている。これからアルティンアラシャンに向かうというキルギス人6人(に加えてドライバー)でウォッカや食べ物を持参していて、お前も飲んでいけと言われお言葉に甘える。日本人だと言うと「日本は兄弟!」とのことで写真の撮り合いになる。ここで恐る恐る飲んだウォッカが美味かったが1本わずか200ソム(約300円)だという。

男は全員40歳でいずれも奥さんを同伴、ドライバーだけはしらふである。「ここにいる女性のうち連れて帰るなら誰が良いか?」とお決まりの質問だ。中央アジアの人はどれが一番かを決めさせるのが本当に好きだ。日本とキルギスの友好関係と各々の夫婦関係のために「どの女性も美しすぎて決められない」と答えたのはもちろんのことである。連絡先を交換して別れる。

調子に乗って飲まされて結構酔っぱらってしまった。彼らが専任のドライバーを雇ってアルティンアラシャンへ向かったのは正しい判断だ。道のりが終わりに近づいたころ、初日に泊まったYak Toursの彼にばったり出くわした。昨日に限って宿を休みにしたのは昨日が彼の誕生日で下山していたからだそうで、これから彼女と一緒に山小屋へ向かうのだそうだ。すでに16時半で、アルティンアラシャンに着く頃には完全に夜になっているはずだが彼が一緒なら大丈夫だろう。

途中で酒を飲んだり寄り道もあったにせよ、下山にも5時間かかってしまった。Akusu村の分岐点(ジャンクション)でいつ来るともわからないマルシュルートカを待つ。ここへたどり着く直前に1台のマルシュルートカがカラコル方面へ走り去るのが見えたので30分以内には次の車が来るだろう。馬に乗った男性が通りがかり、かつてはこのあたりでタクシー運転とゲストハウス運営をしていたんだと立ち話する。やってきたマルシュルートカに乗り(50ソム)、アクティレクバザールまで行ってしまう前に町外れのゲストハウス近くで降ろしてもらう。

宿までゆっくり歩いて行く途中すれ違う人たちとあいさつを交わす。人によって帰ってくる挨拶が「ズドラーストビチェ(ロシア語の「こんにちは」)」だったり「サラーム(イスラム圏のあいさつ)」だったり様々だ。中央アジアを訪れる前は「ここはロシア語圏だからロシア語の言い回しを覚えていけばOK」などと安易に考えていたが、そんな単純なものではないというのが日ごとにわかってくる。ロシア語でOKの場合もあれば、ロシアに対する感情があまりよろしくない場所もあり、そうなるとうかつにその国の言葉(だとこちらが勝手に思っている)を使ってあいさつというのもできなくなってしまう。このことはこれ以降の旅にもずっと付きまとう問題になる。

懐かしのTeskey Guesthouseで大量の洗濯に追われる。あたり一帯で大規模な停電があったとのことで、灯りのない中でたらいを使わせてもらってひたすら手洗いする。

夕食は前回同様、最寄りのロシア風レストラン。サーモンと野菜のソテー、ショルポ(スープ)、チーズにビールをいただく。

アルティンアラシャンで一緒だったフランス人2人組にここで再会。カラコルの町は小さいのでこんなこともよく起こる。彼らは明日ビシュケクへ戻り残り1日の過ごし方で悩んでいるというので、ビシュケク市街地から20㎞ぐらいのところにあるアラアルチャ国立公園でのトレッキングを勧める。こちらもキルギスに滞在できる期間はもう1週間もないので1日も無駄にできない。

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今回の旅は、日本を代表するアウトドアブランド: (株)モンベル様にご支援いただいています

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