中国西域への旅 四川省:亜青(ヤーチン)アチェンガルゴンパ3日目
四川省亜青(ヤーチン)のアチェンガルゴンパで3日目を迎える。夜明け前に宿を抜け出して散策してみる。さすがに標高4000m近いだけあって早朝の寒さはとりわけ厳しいが空はあくまで澄みきっている。
9時ごろ宿に戻ってきたが、この時間になっても部屋の窓ガラスは内側も外側も見事に凍っている。同室のチベット人青年はタンクトップ1枚と薄い布団だけで安眠していたようだ。家族と車で出立する彼を見送る。
今朝は宿にずいぶん人が多いようで、聞いて見ると北京のドキュメンタリー番組作成スタッフが同宿だったそうだ。彼らは11/29にラルンガルゴンパにも行っており、そのときの写真を見せてもらう。同宿のタイ人旅行者も同時期に夜陰にまぎれて侵入を試みたが見つかってしまったとのこと。彼らはここまで2週間取材をしており、あと2週間程度は取材を続けるとの事。
番組ディレクターは当初自分のことをチベット人だと思っていたが、Montbellのロゴがあるウェアを見ておやっと思ったそうだ。こんな時期に、こんなところに日本人がいると知ってこれは面白い、インタビューさせてくれという。話をするぐらいならと最上階の食堂へ赴くと、スタッフ勢ぞろいでカメラ、マイクもしっかりスタンバイしていて、やけに本格的なインタビューになりそうだ。それならせめて顔だけでも洗ってくれば良かったと後悔する。
この番組は中国人向けに国内の旅行先として様々な場所を紹介するもので、今回はチベット圏のここアチェンガルゴンパが題材だという。女性リポーターと1対1で薪ストーブにあたりながら話をする。自分がチベット文化に興味を持っていること、この場所をどうやって知ったか、長期旅行のために仕事を辞めた事、日本人にとってチベットはそれほど馴染み深いものではないが多くの日本人旅行者にお勧めしたいと思っていること、など問われるままに答えた。ずっと至近距離で回っているカメラは極力気にしないよう努め、彼女との会話そのものに集中するよう意識した。
OKが出てやれやれと思っていると、これから亜青を取材するのだが同行する気はないかと聞かれる。興味を引かれたことと、彼らと一緒なら自分ひとりでは入るのが難しいようなところまで見ることが許されるかもという下心もあって同行することにした。
若い僧侶がひとり、案内をしてくれることになっているそうで待ち合わせ場所に行く。女性レポーターが僧侶と何やら話し、カメラマンは早速撮影を始めている。彼女いわく、彼らチベット人と意思の疎通を図るのは中国人の彼女でも言葉の問題があって非常に難しいとの事。僧侶が先頭に立って案内してくれる。ここアチェンガルゴンパは女性の数としては世界最多を誇る寺院だそうで、色達にあるラルンガルゴンパもここまで女性は多くないそうだ。毎日夕方になると僧侶たちが一斉に出てくる場所は彼らの勉強の場だそうで、その他にも寺院を2つほど案内してもらう。
移動の際に女性レポーターがチベット仏教の成り立ちについて教えてくれる。彼女いわく、7世紀にチベットの王のもとに今のネパールと中国からそれぞれ王妃が嫁いできたのがチベット仏教の興ったきっかけなのだとか。具体的にそれがどう仏教勃興につながったのかは聞き損ねた。彼女いわく、ここまでに話したチベット僧たちはみな一生をここで捧げることに満足していて、外の世界のことを知りたいとは思っていないようだとのこと。このゴンパは多額の支援で運営されているそうで、ここで暮らすほうが楽だという理由で移り住んでくる人も多いとか。
通りがかった人懐っこそうな若い僧侶がカメラに興味を示す。さすが取材チーム、すかさずインタビューに持ち込む。
ゴンパそばのお堂では巡礼たちがマニ車を回している。時計回りに何周も歩き、無数に設置されたマニ車をひたすら回していく。チベット人なら日常的に行っている行為だが、ここでそれをすることは彼らにとっても特別な意味があるのだろう。
カメラで撮影しているのを見て巡礼の女性たちが「あら、私たちは撮ってくれないのね」と言うので私でよければと撮らせていただく。
別の僧侶が一升瓶が入っているぐらいの大きさの白い箱を持って歩いている。それは何かと聞いたところ、中には新品のマニ車(中に経文が入っていて手で持って1回回すごとにお経を1回読んだのと同じ功徳があるというチベット独特の道具)が入っているのだそう。
その後は僧侶抜きで撮影チームだけで回る事になる。レポーターを除いて男性だけのチームのためどこへ行っても撮影禁止あるいは立ち入り禁止と言われてしまう。取材チームは僧侶に単独インタビューをしたいと事前に申請もしていたようなのだが、これも最終的に却下されてしまったらしい。
女性レポーターがアポなしで尼僧のインタビューに挑戦し始め、うまくいきそうだが最終的に許可が下りるまで少し時間がかかりそうとの事で、男性陣はそのあいだ別のところを見て回る事にする。尼僧だけの建築工事現場に出くわし、レポーターがいないのでおまえカメラの前で喋ってくれとのことで現場レポートをする。土木工事のような力仕事もすべて尼僧たちだけの力で行っており、ここは女性修行者のための真に自立した村だというような感想を話した。外国人がこんなことをカメラの前で話して良いのかと尋ねたが大丈夫、問題ないとのこと。
カメラを回していると取材とわかって歓迎あるいは黙認してくれるときもあれば、男は出て行くよう言われる場合もあり、心苦しく肩身が狭いような気分になっていた。最終的にカメラマンたちがこれ以上のカメラ取材を諦めて島外に出たときには内心ほっとした。これは数少ない取材OKしてくれた場所で撮れた写真。バラックと呼ぶほかないような手作りの僧房が延々と続いている。
結局女性レポーターのほうもインタビューは成功しなかったようでほどなく戻ってきた。14時半頃までで取材は終了。彼らはこのまますぐ甘孜(カンゼ)へ戻るとのことで、彼らの車に同乗させてもらえることになる。宿に預かってもらっていた荷物を引き取ってチェックアウトする。宿の男の子の見送りを受けて亜青を後にする。
スタッフ全員、朝から食事していないにもかかわらず疲れ知らずで精力的に動き回っていた。どの国でも撮影にかかわる人たちはタフなのだろう。日本人と知って同乗のスタッフたちが次々に話しかけてくる。日本のアニメの話になり、ドラゴンボール、ドラえもん、ウルトラマンなどは中国でも非常に有名だと聞かされる。日本の歌も知っていると言って次々に歌い出す。結局2時間強で甘孜へ到着し、自分の泊まる宿まで送ってもらう。彼らはさらに2週間取材の旅を続けるそうで、ドキュメンタリーが完成したら連絡するよと言って去って行った。
前回とと同じ宿珠穆朗瑪(トゥムラマ)賓館に泊まり、ようやくこの日初めての食事。
こうして町に戻ってくると、非日常の世界から帰ってきたという気分になる。どことなく、通常暮らしている世界とは別の宇宙へ行って帰ってきたような気分だ。そういえばあの島全体が銀河系で、僧房のひとつひとつが星のようにも感じられたな、とつい先ほどまでいた場所のことなのに遠い出来事のように思い出す。
LEAVE A REPLY