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中国西域への旅 青海省 西寧(シンニン)から同仁へ

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中国:青海省の西寧(シンニン)で無事30日間のビザ延長に成功し、次の目的地:同仁へバスで向かう。ちなみにこの地名「同仁」を正確には何と読むのかわからずじまいとなってしまった。ガイドブックなどにはよく「レゴン」と書いてあるのだが、現地でその呼び名が通じたことは一度もなかった。

朝7時、通常であれば宿もこの時間は誰も起きていないのだが、今日はひとり起きてドアを開けていてくれた。感謝の握手を交わして出発。今回の宿:理体青年旅舎(Lete Youth Hostel)は旅行に必要な情報が豊富で、常に宿泊者に立場に立った対応をしてくれる良い宿だった。

外に出るとまだ真っ暗で寒い。外気温はマイナス4度だったらしいが、この寒さの中でもすでに通勤通学の人たちが大勢歩いている。ガラ空きの市バスに乗り、西寧駅隣のバスターミナルへ向かう。この時間帯はまだ渋滞もなくスムーズに30分ほどで到着。ターミナルへ入る際に行われるセキュリティチェックが笑ってしまうほどおざなりでほぼノーチェックで通過。金属に反応する棒状の検知器を一人一人の身体に当てるのだが、検知音が鳴ろうが鳴るまいが一切お構いなしである。

同仁行きのバスが出発する8時過ぎになってようやく陽が昇り始めた。道路は整備されておりバスは快調に走る。

途中、巨大なモスクがある海東市を通過。何度かトイレ休憩のために道の途中で停車する。トイレなどないのでそこらでするのだが、驚いたことにチベット族の女性(大人)もそこらにしゃがみこんで用を足している。茂みや物陰に姿を隠してするのではなく、周りに人が大勢いる中で平気でしゃがんでいる。彼女たちは長いスカート(のような民族衣装)を履いているので用を足すときも隠れていると言えばそうなのだが、そんなことは誰も気にしていない様子。これまで歩道を歩いていた時によく濡れているところがあっててっきり野良犬の仕業だとばかり思っていたのだが、必ずしもそうではなさそうだ。

乗客は漢族(いわゆる一般的な中国人)、チベット族、回族(イスラム教徒)が入り混じっていて、休憩時にはみなが寄り集まって話をしているのだが何語で話しているのかよくわからない。チベット語なのだろうか、少なくとも通常の中国語には聞こえない。

3時間ほどで同仁バスターミナルに到着。ここは青海省の中でも黄南蔵族自治州という蔵族(チベット族)に比較的高度な自治が許されている場所のようだ。早速宿探しに取り掛かるが、さすが商売上手なチベット人、そうおいそれと手頃な価格は提示してくれない。レセプションで値下げ交渉をしていると、既にそこに泊まっている中国人客が「何言ってる、俺なんてお前の2倍の金額を払ってるぞ」とレシートを見せてきた。中国を旅して感じるのは、中国人全般の金払いの良さだ。観光、移動、宿泊といったことに使う金には糸目をつけないという感じで、日本で彼らがあれほどの爆買いをする理由の一端を見たような気がする。

一軒の宿で値段交渉決裂したが、その宿の若者はそれからしばらく近隣の宿を一緒に歩いて当たってくれた。もちろん無償である。恐縮してしまう。両親はこの時期、中国特産の秘薬:冬虫夏草の行商で長期不在なのだそうだ。結局、さんざん探し歩いてようやく1泊80元(約1200円)で泊まれる賓館を確保。

宿近くの食堂で昼食、ねぎ飯10元。葱爆羊肉蓋飯17元を頼んだはずなのだが、なぜか肉なしで出されその分値段も安くなっている。羊肉がなかったのだろう。

町なかの様子。いかにもチベットという服装の人が多く、ついに本格的なチベットに足を踏み入れたとひとり心の中で盛り上がっている。今朝までいた西寧と比べても明らかにチベット伝統の服装をしている人が多く、チベット色が一気に濃くなった。

同仁で最も有名な寺院、隆務寺へ向かう。町に隣接していて歩いてすぐである。想像以上に規模が大きく、やたら金ピカの寺である。道路沿いにいくつものお堂とずらっと並んだマニ車、山の斜面にも寺院がいくつも築かれている。

寺の前は大きな広場になっており、その中心に大きな菩薩像が据えられている。その前で何人もの人々が五体投地(両ひざ、両手のひら、眉間の5か所を地につけて行う最高度の礼拝方法)を繰り返している。民族衣装を着た人もいれば、通常の洋服を着ている人もいる。みなが一心不乱に五体投地を繰り返す姿は、かつてチベット自治区:ラサのジョカン(大昭寺)で目にした光景を思い出させる。五体投地をせず、菩薩像の周りを時計回りにコルラ(歩いて巡礼)している人も多く、やり方は人それぞれである。僧職にある人でも何でもない、ごく一般の家庭の主婦がこのように熱心に祈りを捧げている。これが当たり前の環境に育ったのだろう、小さい子供が母親の見よう見まねで意味も分からないまま五体投地を繰り返している。営々と引き継がれてきたチベット文化の伝統の一端を目にしたような気がする。

広場の端にはこれ見よがしに公安の装甲車が24時間体制で停められており、チベット人への無言の威圧となっている。暴動がおこったとしても武力で抑え込むという当局の意思表示であろう。

既にチベット色の濃い土地に踏み込んだが、それでもまだムスリムの姿も方々で見かけ、清真(イスラム)食堂も多数ある。民族衣装に身を包んだチベット人、あごひげを伸ばしたムスリム、移住政策により移り住んできたと思われる漢族など、多種多様な民族がひとつのコミュニティを形作っている。

たくさんあるお堂を巡ってみる。ひとつひとつに大きなマニ車が納められており、人々がそれを時計回りに回している。買い物帰りにちょっと立ち寄って何周か回してから帰るというような人も多く、シリアスな信仰というよりもっと気楽な、日常生活に浸透したものに感じられる。

ダライラマの写真が飾られているお堂があり、ここは他と比べて当局の締め付けが緩いようだ。チベット自治区ではありえないことである。チベット自治区ではダライラマの写真を所持していただけで逮捕・拘禁・拷問が待っている。外国人が良かれと思ってチベット自治区の人にダライラマの写真を渡したりすると、外国人は国外追放、チベット人は逮捕である。

お堂の周りを五体投地で回っている人もいる。こういう敬虔な人たちを目の当たりにすると、自分のようなただの旅行者は本当に身の置き所がなく感じてしまう。自分がこの場にふさわしくないのではという強烈な気持ちが起こってくるのだ。せめて日本から数珠でも持ってくればよかったと後悔する。

ほとんどの寺がここ20~30年で建て直されている。ということはそれ以前の時代にことごとく破壊され尽くしたということだろう。

道を歩いている時も口の中でずっともごもごお経を唱えている人が多い。一般人がこれほど敬虔なのに対し、スマホで談笑しながら歩き、タクシーで悠然と移動するチベット僧のほうがよほど俗っぽく見えてしまう。一般の人たちは僧侶に対しどういう気持ちを持っているのか聞いてみたいところだが不敬にあたるかもしれない。

寺の後方の斜面にも点々と寺院が建てられている。こちらにどんどん登ってみる。高台からは隆務寺一帯が一望できる。

寺から少し離れた辺りは景色が一変し、おそらく中国政府の号令のもと次々に新しいビルが建てられているのだろう。いわゆる「西部大開発」がここ同仁にもしっかりと適用されているようだ。

町なかをぶらぶら歩くとやはり道行く人々の姿にどうしても目が行く。旅の最初のウズベキスタン以来どの国へ行っても、地元男性の髪型は一貫して短髪もしくは整髪料などでペタッとさせるものだけだった。それ以外のふわっとした髪形や長髪はひと目で外国人とわかる。ここ同仁へ来て初めてその原則が崩れ、ドレッドヘア・長髪(チベット族には長髪男性が多い)・いかにも今どきの髪型など多様になってきた。

清真食堂で夕食。家常面片10元。チベット族の町に来ているのについついイスラム食堂に入ってしまう。チベット料理というのは中国国内でも高級料理として認識されているそうで、あまり料理店の数が多くない気がする。ここ同仁でも同様である。

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今回の旅は、日本を代表するアウトドアブランド: (株)モンベル様にご支援いただいています

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