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中央アジア:キルギス観光 アラコル湖へのトレッキング

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昨日は中央アジア:キルギスを代表する湖:イシククル湖の東岸にあるアルティンアラシャン(標高約2600m)へトレッキング。山小屋での朝を迎える。昨夜はなかなか寝付けなかったが5時前には自然に目が覚める。家族がどこか別の所へ移り住む夢を見る。つい最近見た夢の再現である。自分だけ旅を始めた実感をまだ持てずにいるが、家族の気持ちは既に先に進んでいるということの暗示だろうかなどと考える。

外に出てみると満天の星空。乾燥していないこともあってか、ウズベキスタン:カラカルパクスタン共和国の砂漠で見た星空ほど圧倒的な星の数ではない。星空では見劣りするものの、やはり適度な湿度、潤いがあるというのはありがたいと実感する。

宿の青年はもう起きて支度を始めてくれている。彼の作ってくれた簡素な朝食を共にしながら、お互いに限られた語彙で身の上話をする。彼はパワーリフティングの元キルギスチャンピオン、母親はキルギス・カザフスタンにまたがって元王者だったという。彼はほかに柔道、レスリング(グレコローマン)などの格闘技全般も徹底的にトレーニングしていたそうだ。今の彼はほっそりしていてとてもそうは見えないのだが、かつてはプロテインで筋肉ムキムキの身体を造っていたという。

民族的には彼は半分がロシア、ウクライナとドイツが4分の1ずつだそうだ。かつてのソビエト連邦はドイツと歴史的に色々関係があったということもあり、ドイツの血を引く人がここキルギスにも多いのだそうだ。

話が長くなり結局宿を出発したのが6時40分。外に出るとあたりに氷が張っており寒いが、空は澄み切っている。

誰もいない中を歩き始めるがやがて2人組のフランス人男性に追い抜かれる。彼らはほとんど荷物を持たず手ぶらに近いこともあってスピードが段違いに早い。自分はSlow walkerだからと言って先に行ってもらう。

数日前に雪がかなり積もったそうで、今はある程度溶けているが、前に歩いた人の踏み跡が全然見つけられない。わからないなりに登っていくと川を渡らねばならない箇所に出くわした。流れがかなり速く、フランス人2人はお互いに手助けして何とか渡ったようだ。伝っていく石も多くが凍っていて荷を背負ったままではとても渡れそうにない。

この大きな荷物を持ったままでは渡れないと思い、他に渡れそうな場所を探すも見つからない。結局せっかく登ってきたルートを下って何とか渡れる場所を見つけた。と言っても倒木が流れの上に渡されているだけで、表面が凍っており渡るのが怖い。大回りしたことでかなり時間をロスしてしまった。日が暮れるまでには戻ってこなければならない中でこの時間の浪費は痛い。

その後もルート探しに手こずり、何度も行っては戻りと時間と体力をロスしてしまう。ふだん山に親しんでいるわけではないので、正しい道を見分けるカンのようなものが全く働かない。加えて生来の方向音痴もあってなかなか正しいルートに戻ることができない。せっかく登った道が途中で行き止まりになるというような状態を繰り返し、時間内に辿り着けるか暗雲が立ち込める。その後もう一度川を渡る箇所があり、ここは靴と靴下を脱いで素足で水の中に入って川を横切る。身を切るような水の冷たさで、早く渡り切らなければ凍えてしまう。

結局7時間ほど歩いたが富士山頂ぐらいの標高まで来たところでタイムアップ。これ以上進むと今日中に戻れなくなるのでやむなく引き返すことにする。何とも情けないが、久々の山歩きということで明らかに歩みが遅いのも事実である。運動不足、空気の薄さ、荷物の重さに負けたといったところか。自分と比べて本格的な登山をする人たちはやはりすごいなと改めて思う。

それでも標高が上がってくるにつれて展望が開けてきてここでなければ見ることのできない景色を目にすることができたのは良かった。もっとも登っている際中は時計との闘いであまり感傷に浸っている余裕がなかったというのが実際のところなのだが。

アラコル湖を望むにはこの写真の真ん中奥にある白い壁を登り切らなければならないらしい。正直なところとても登れる気がしない。

アルティンアラシャンに戻ってきた頃にはあたりは薄暗くなっていた。近くの宿の主人に声をかけられ今日はそこに宿泊することにする。オーナーは照れていたがその名もVIP Travelといい、素泊まり300ソムで、2食付きで800ソム。川を挟んで向かいの温泉小屋に入ることができるのがありがたい。

完全に暗くなってから、自分より先行していたフランス人、フィリップとイグザビエルの2人が戻ってきた。彼らもここの宿泊客だったようだ。疲労困憊の様子だったがそれでも湖が見れる峠までたどり着いたそうだ。最後の1㎞は傾斜60度の坂と腰まで積もった雪との格闘だったという。立って進むことはできず両手両足を使ってしまいには腕が疲れて肘で雪をかき分けなければならなかったという。「とんでもなくタフだったが最後の最後にGiftが待っていた。あの美しい湖の眺めで報われた」と話してくれた。羨ましい気持ちとともに体力の差を痛感する。おまえの荷物の大きさから見て登頂は難しいと思っていた、おまえも十分に達成したんだ、と慰められる。

ほかにハリーポッター俳優のダニエル・ラドクリフに髭を生やしたような20歳のイギリスの青年、ワイン輸出会社で働くロシア人女性が同宿。宿の主人は筑波大学に留学(国際政治学が専攻)していたことがあるそうで、「かなり忘れてしまった」とは言うものの日本語での会話が可能。こんなところで現地人から日本語を聞くと思わなかった。ロシア人女性が外国語のボキャブラリー習得にやたら貪欲で(仕事に役立てようとしているのかも)、日本語には通常のことばと丁寧語のように言葉のレベルの使い分けがあるという話をしたところ、「○○はどう言うのか」の質問が山のように繰り出される羽目になった。宿の主人と一緒になって「『ご飯食べる?』を丁寧語で言うと『ご飯食べますか?』、もっと丁寧な言葉で言うと『お食事なさいますか?』と言うのだ」などと説明したが、彼女はすべてをメモしていた。宿の主人も日本語の丁寧語など思い出したのが久しぶりだったそうで懐かしいと大笑いしていた。

夕食後、川向こうの温泉小屋にフランス人2人とともに行く。ダニエル・ラドクリフ似の青年は他人に干渉されるのが好きそうでないなと感じていた(気持ちはよくわかる)がやはり来なかった。真っ暗な中、頼りない橋を渡って小屋へ往復するのがひと苦労だ。

全裸NGのようで、フィリピンで買った海水パンツがこんなところで活躍する。フランス人2人は頻繁に旅に出る人たちで、おまえはなぜ世界一周に出るのか?周囲の反応は?といった質問や、日本の社会について(労働環境や日本人の気質、外国人が日本で暮らす事について、日本人はなぜ○○なのか等々)話し込み1時間以上も温泉に浸かる羽目になった。日本人はほぼ毎日風呂に浸かるというのが彼らにとっては驚きだったようだが、こんな風に1時間以上風呂に浸かる奴も十分に珍しいよと返しておいた。

日本でしばらく滞在したことがあるそうだが、「日本ではどれだけ長く住んだとしても自分は外国人のままだと思う」と言っていた。おそらく彼の実感は正しい。彼の印象では「日本人はルールに非常に厳格、ヨーロッパ人はルールを守らなさすぎ」だとか。欧米人が時にいとも簡単にルールの壁を乗り越えて何かをしてしまうのは真実で、その冒険心や挑戦的態度、自由さ、タフさが彼らの創造性の源泉でもあるように思う。ただ彼曰く「それにしてもヨーロッパ人はルールをあまりにも守らないのでそのせいで無秩序が生まれている」のだそうだ。自分がいざヨーロッパに足を踏み入れた時に果たしてどう感じるだろうか。

彼らが訪問した国の中ではイランが非常に良かったそうで、自分も渡航予定で非常に楽しみにしているんだと答えた。彼曰く、イランが彼が訪れたすべての国の中で最もイスラム色が強く、外国人の自分も最も深くイスラムを体験できたそうだ。実際に長期で旅をした人の感想は参考になる。

2人のうち年長のフィリップは以前キャタピラ関係の企業に勤めたことがあり、国際関係の影響をもろに受けることが多かったそう。湾岸戦争のときは連合国へのフランス不参加の報復としてアメリカでの案件から半年間締め出され、逆に中国の案件では日本のコマツ製作所との争いになったが日中関係の悪化で日本企業が排除されたため自分たちが受注できたという。中国の話が出たので、現在中国は近隣各国(特にフィリピン)と主に領土をめぐって紛争が絶えないという話をしたところ、日中の問題はヨーロッパでも知られているがそれ以外は初耳だと言っていた。

湯冷めしないよう急いで部屋に戻ると薪ストーブに火がくべられていた。とりあえず泥まみれ、水浸しの靴をストーブそばで乾かす。隣の部屋は男3人、こちらの部屋は自分とロシア人女性が寝ることになる。彼女とは残念ながらお互い恐ろしいほど言葉が通じないので早々に寝ることにする。

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今回の旅は、日本を代表するアウトドアブランド: (株)モンベル様にご支援いただいています

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