中央アジア:ウズベキスタン観光 ウルゲンチからタシケントへの移動
ウズベキスタン西部の自治区、カラカルパクスタン共和国にあるアヤズカラという古代の城跡で迎える朝。砂漠のど真ん中で、しかもユルタ(遊牧民のテント)での宿泊ということで寒さを予想して分厚いダウンジャケットなど厳重な装備を持って行ったのは正解だった。ドライバーなどは普段着のままで来ており、寒かったようで朝はずいぶん鼻をすすっていた。
夜明け前、まだ誰も起きていない時間帯にアヤズカラに登る。頂上から日が昇るのを眺める。
朝の砂漠ではただ風の音だけが響く。
このキャンプサイトは女主人が切り盛りしており、家族と思われる女性や若い男性が忙しく立ち回っている。女主人は少し英語が話せるので非常に助かった。他にまだ小さい男の子と女の子、犬の母子、猫、ラクダがいる。トイレは当然ながらユルタ(宿泊用テント)の外部にあるがきちんと整備されており、シャワーも併設されている。今回はフランス人団体客の割を食って何かと後回しにされたが、ガイド(ドライバー)がさかんに催促してくれてこれもありがたかった。娘たちは昨夜の洗い物などで結局日付が変わるぐらいの時刻まで働いており、寝る時間もあまりなかったかもしれない。彼女たちはずっとここで暮らしているのか、冬になれば町に戻るのか等々聞いてみたいことはたくさんあったのだがなかなかその機会はなかった。
今日はウルゲンチ駅から16時発の夜行列車でタシケントへ向かう。出発まで時間があるので少し長くここに滞在できないか交渉してみたが10時頃までならとのことだった。団体客はさっさと朝食を済ませ、こちらが食事に取り掛かる頃には観光バスで出発しており、それ以降はキャンプサイトも静かになった。
帰路危うくレギストラーツァ(滞在登録証明書)をもらい忘れそうになる。ウズベキスタン旅行の特殊な点として、毎日の滞在登録を宿泊施設からもらわなければならないというものがある。出国の際にこの書類を1枚1枚吟味される。ホームステイなどした場合は自分で当局に行って滞在登録をすることになるのだろう。こんなキャンプサイトでレギストラーツァを発行してもらえるのか不安だったが手慣れた様子で発行してくれてひと安心。
帰路はあっという間、1時間半ほどでウルゲンチ駅に到着した。駅前が非常に整然としておりいかにもロシア的という印象を持つ。晴れているのだが駅前が意外に寒い。ブハラ滞在時に夕方強風が吹いてそれ以降一気に寒くなったことがあったが、他の地域でも同様だったようで10月ということもあり確実に寒さが忍び寄っているようだ。
駅前でスマホを見ていると液晶画面上に白い点が現れる。何かと思ったら空中を舞っている砂だった。砂漠が近いことを改めて実感する。
駅前のベンチに座っていると30歳の母親と7歳小学1年の娘の2人が通りがかり、不憫に見えたのか持っていたパンを半分にちぎって渡してくれる。おかえしに飴を渡す。こちらの人はちょっとした外出の際、必ず大きな円盤状のパンを持ち歩いている。
駅前に食事をしたりお茶を飲んだりする場所がなく、駅前をうろうろして時間をやり過ごす。駅舎に入る際のセキュリティチェックが拍子抜けするほどいい加減なものだった。駅のホームに出てみるとホーム奥にベンチが置かれた場所があり、既に多くの人がここに座っている。列車から降りた乗客はここを通って駅の外に出るのだが、列車が到着するたびにタクシーなどの客引きが殺到する。
駅の売店の女性が恐ろしいぐらい愛想がない一方で、駅職員は思いのほか丁寧な接客ぶりである。
今日明日でウズベキスタンは最後。色々な人と言葉が通じないなりに話をしてきた。国籍・年齢と並んで必ずと言っていいほど聞かれるのが「子供は?」という質問で、この国では子供を持つということがいかに重視されているかがうかがえる。町なかでお腹の大きい女性を目にする機会がこれほど多い国も珍しいかもしれない。
ヒヴァの宿で一緒だったフランス人とスイス人のカップルと駅で再会する。彼らは旅の終盤にさしかかっており、タシケントからトレッキングに行ってから帰国するとのこと。日差しの強い中、列車を待つが予定時刻を過ぎても一向に到着する気配がなく、何のアナウンスもない。結局当然のように1時間遅れで到着し乗客が殺到する。割り当てられた寝台は上の段でなかなか乗り心地が悪い。身体を起こして座ることもできず、窓側の寝台なので隙間風が冷たい。明朝には国境越えだ。
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