ベトナム旅行 ハロン湾クルーズからハイフォン(Haiphong)へ
1月14日(土)
ベトナム北部の景勝地で世界遺産でもあるハロン湾。昨夜はハロン湾へのフェリー乗り場である港町に着き1泊、今日はハロン湾観光の定番フェリーによるクルーズに出かける。
朝、ホテル隣りのカフェでホワイトコーヒーを飲む。昨日から一緒のアメリカ人男性リックのおすすめである。グラスにコンデンスミルクをたっぷりと入れ、その上からコーヒーをドリップする。結構な時間がかかるのだがこれをゆったりとした気分で気長に待つのが流儀らしい。
昨夜着いたときには既に暗くなっていてよくわからなかったのだが、ここはTuan Chauという島の突端で、フェリー乗り場が目と鼻の先である。あたりにある旅行代理店を片っ端からあたってクルーズの料金を確認してみる。どうせなら日帰りではなく1泊した方がいいだろうということで検討した結果、このカフェの紹介による75ドル/1700000ドン(約8500円)のプラン(1泊4食付、ラフティング、洞窟ツアー、ハノイまでの送迎あり)が最安値ということになった。正直なところ高いなと思ったが、せっかくここまで来たことでもあるしOKする。
小型ボートで、沖に停泊しているというレッドドラゴン号まで向かう。一見して海賊船のような老朽化した船である。それより立派な白い船が並んで停泊しており、こちらの船だといいなと思ったのだがそこは最安プラン、そううまくはいかない。全員乗り込んだところで白い船と切り離され、レッドドラゴン号はゆっくりと沖合いに向かって進み始める。次々に様々な形の島が現れ、その間をぬうように航行していく。
乗客は自分たち2人のほかに、韓国人3組6人とフランス在住40年以上のベトナム人女性。この人はベトナム戦争の前後に国を逃れてフランスに渡っており、それ以来初めての帰郷なのだそうで、半ば失ってしまった自分のルーツを探すための旅でもあるということだった。当時は国外に逃れた人間が戻ってくることはあまり歓迎されていなかったのだそうで、自分の中でもベトナムについて語ることを避けてきたと話してくれた。パリでフレンチレストランのオーナーとして、また料理の先生としても長年働いてきたが、大病をしたことで仕事一筋だった頃とは人生観が変わったという。今もベトナムに住む叔母から「もうそろそろ戻ってきてもいい頃じゃない?」と言われ、今回40数年ぶりの帰郷を決意したのだそうだ。ベトナム語の語彙が子供時代のままで止まっており、ベトナム語での会話には少々苦労するらしい。彼女は別の旅行代理店で契約しており、自分たちよりかなり高額の料金を支払っていて、なおかつ5つ星のクルーズ船に乗ると聞かされていたらしい。
乗組員は若い操縦士たちと炊事係、それにガイドのベトナム人女性Rosie。彼女がリックにだけSirという敬称をつけて呼びかけるのをリック自身が気にして、何度も彼女にファーストネームで読んでくれと頼むが、なぜか敬称をつけるのをやめない。自分を含むほかの乗客への態度を見ていると、リックがずっと年長だからということ以外に、彼だけが西洋人/白人だからという理由もあるのでは?と邪推する。
リックは元学校教師ということもあってか口跡が非常にはっきりしていて発音がクリアなため、自分にとっても彼の英語は非常に聞き取りやすい。韓国人客も同じように感じていたようで、リックにあなたの声は素晴らしいなどと言っている。
船上での昼食。
夕方、希望者のみラフティングに出かける。干潮のため、今行くことのできる2つの洞窟にのみ漕いで行くことになる。カヌーに2人1組で乗り込み、静かな海面をゆっくり漕いで進んでいく。自分とリック、韓国人カップル、ベトナム人女性とガイドの計3艘で出発。6人もいるとは思えないほどの静けさの中を進む。誰も一言も喋らず、ただ静寂を味わう。時折パドルで水をかく音だけが響く。浅い海の底にはたくさんのウニやイカを見ることが出来る。
夕食。ビールが別料金なのは残念だが、ビアサイゴンをどんどん注文する。
夜は船の灯りにおびき寄せられるイカを釣る。ここでの釣りの成果はそのまま明日の食卓に反映される。
1月15日(日)
ベトナムの景勝地にして世界遺産のハロン湾に浮かぶクルーズ船の上で朝を迎える。乗客全員で食卓を囲む。
ひょんなことからアメリカとカトリックの関係が話題になり、J. F.ケネディがアメリカの歴代大統領で唯一のカトリックだったことについてリックの意見を聞いてみた。彼曰くかつてアメリカではカトリックが異端視されていたのだという。現在では異端扱いされる傾向が強い順に「イスラム教>ユダヤ教>カトリック>プロテスタント」というような配列になるという。
フランス在住ベトナム人女性からはフランス料理界の話を色々聞く。日本と共通する食材を多く使うこと、フレンチシェフは地位が上がるほどに帽子の高さが高くなるなどなど。彼女は何度か日本訪問歴があり、沖縄に行った際の感想は「沖縄の人たちはloudだ」。
韓国人観光客も英語を話せる人は少数だったが、みな日本人の自分にもよくしてくれてありがたかった。彼らいわく韓国で日本食と言えば、寿司・お好み焼き・たこ焼きなのだそうだ。逆にフランスではトッポギが有名だという。片言の日本語を話せる人もいて、韓国の高校では第2外国語として仏語・独語・中国語・日本語・スペイン語から選択可能で日本語を選択する人も多いので、日本語を理解する韓国人は少なくないそうだ。
昨日この船が並んで停泊していた白い船のところまで戻って再ドッキング。どうやらこの白い船は一切動かずこの場にいかりを下ろして停泊しているだけのようだ。リックと韓国人カップルの3人はここから小型ボートでCat Ba Islandという別の島へ向かい、他のメンバーは港へ戻ることになる。
港に着いてバスに乗ろうとすると自分だけは料金未払いのためバスに乗せられないと言われ、ハノイ行きのバスは出発してしまった。旅行代理店兼カフェへ抗議に行くと、自分はハノイではなくバイチャイ(Bai Chay)行きを希望していたので別に車が迎えに来るのだと言う。待っていたところ、迎えに来たのは車ではなくバイクで2人乗りでバイチャイバスターミナルまで向かう。
このあとは南下して港町ハイフォン(Haiphong)へ向かう。ローカルバスで60000ドン(約300円)ということで通りかかったバスに乗る。車掌は外国人の自分にだけ100000ドン(約500円)を請求してきたが、わかってるぞという態度で60000ドンだけ渡す。1時間半ほどかかってハイフォンのLao Longバスターミナルに到着。バイクタクシー20000ドン(約100円)で1軒目の宿へ行くも料金面で折り合わず。バイクタクシーのドライバーが支払いの段になって30000ドン(約150円)払えとごね始めるが拒否。ここからさらにかなり歩いてようやく宿を決める。結局最後まで安宿は見つけられず。
今日の宿:Dong Duong Hotel、1泊230000ドン(約1150円)。
夕食、裏通りにある地元民でいっぱいの店で鍋(ホットポット)のひとつ、Lau Bo 50000ドン(約250円)。山盛りの野菜に肉少々、ゆず、独特の塩、締めに海老エキス入りインスタントラーメン。美味かったが、店の人たちはなんだこの外国人は、という表情だった。
ハイフォンの町はやけに家具屋が多く、加工から販売まで手がける店が林立している。夜遅くなってから街をごみ収集車が回っている。観光地ではなく、本当に普通の住宅街に外国人の自分が紛れ込んでいるような感覚だ。
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